【お坊さんが伝える】合掌の意味。手を合わせる心、いがみあいとおがみあい。

仏様へ参る時は合掌に始まり、合掌に終わります。

今回は基本中の基本、「合掌、礼拝」するという事について書いてみようと思います。

合掌の姿は古代インドの風習が現代まで伝わってきたもの。

お仏壇、お寺の本堂で阿弥陀仏にお参りするとき合掌しますよね?

ですが、これは「自分のお願い事をする」ためではないんですよ。

仏壇の前に座るときは合掌(がっしょう)し礼拝(らいはい)しますが、この作法は古代インドから遠く日本まで仏教伝来とともに伝わってきた尊敬・感謝を表す所作なのです。

合掌の姿はお経の中にも書かれています。

浄土三部経の中のひとつ、仏説無量寿経の中にはこのような文章で合掌礼拝のことがでてきます。

詣世自在王如來所(げせじざいおうにょらいしょ) 稽首佛足(けいしゅぶっそく)
右繞三帀(うにょうさんぞう) 長跪合掌(じょうきがっしょう) 以頌讚曰(いじゅさんわつ)

訳:(法蔵菩薩が)世自在王仏のおそばへ行って仏足をおしいただき、三度右まわりにその師の周りをめぐり、地にひざまずいてうやうやしく合掌(がっしょう)し、次のように世自在王仏のお徳をほめたたえた。

さて、急に読む気がなくなりますよね。

なので、かなりフランクな書き方をしますと

あるところに、のちに阿弥陀仏という仏にランクアップするスーパーすごい法蔵菩薩という方がおられました。

その法蔵菩薩が、お師匠様となるこれまた超スーパーすごい世自在王仏さまに対して、その周りを右回りに3周まわってひざまずいて頭を下げ、手を合わせましたよ、という感じですね。

「尊敬する人の周囲をまわる」というのはインドの古い風習で敬意を表すものだそうです。

これは現代にもお寺の作法として残っていて、行道(ぎょうどう)という法要中に僧侶がお勤めをしながら本堂内を右回りにパレードする作法の中に見ることができます。

さて、このお経ではこの文章のあとに讃仏偈(さんぶつげ)という世自在王仏を褒め称える偈文(お師匠はまじすごい、めちゃんこすごい、まじヤバイ。そんな仏にオレもなる!!みたいな偈文)が続いていきます。

すごいぜ先生〜!!と言葉で褒め称え、そしてひざまづいて合掌するという行動もあわせて最上級の敬意を示しているということですね。

この姿をもとにして、われわれも仏さまの前で合掌して礼拝し、お勤め(お経を読んだり、言葉で仏を讃えている)をしているのです。

合掌にはどんな意味が?

インドでは右手が清浄な手、左手が不浄な手とされています。

清浄な手とは仏の象徴であり、不浄な手は人間をあらわします。

仏前で手を合わせることでこの2つが一体となる意味を持ったともいわれます。

また、この合掌した手で暴力的な振る舞いはできませんよね。

この合掌の姿は相手に対する暴力的な意思がないことを示しています。

仏教とともにこの合掌の所作が伝わったタイなどでも挨拶の時に手を合わせます。

これは目の前の相手に対する挨拶として、「あなたのことを大事に思ってますよ、敬意がありますよ。」ということを態度で示しているわけです。

最近はあまり言わないかもしれませんが、昔はお寺・仏壇に手をあわせて参ることを「お礼をする」という言い方がなされていました。

仏前に参ることは「困ったときの神頼み」ではなく、生かされていることに気づき、尊敬と感謝の気持ちを体で表すことですよ、というのが自然な理解だったのでしょう。

合掌・礼拝の作法

合掌礼拝の姿を紹介いたします。

これを参考にしてお参りの時にやってみてください。

1.両手をみぞおちの前あたりであわせる。

▼軽く胸にあたる程度で手の角度は45度程度。

 2.数珠を両手にかけ組紐・房が自然に下にたれるようにし、親指で軽く押さえます。

▼視線はご本尊である阿弥陀さまの方にむけてください。
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3.「南無阿弥陀仏(なむあみだぶつ)」と数回声にだしてお念仏を唱え、上体を前方に45度傾け礼拝します。

4.おもむろに上体をもどし、合掌をときます。

形から入るはとても大事

「形から入る」という言い方があります。

これは物事の本質や内容はおいといて、とりあえず道具をそろえたり、フォームをまねしたりする事からはじめることを少し揶揄した言い方かもしれません。

しかしこの「形から入る」という事は人間が学びをえる上でとても重要なことだと思っています。

こども達に難しいお経の内容は理解できないかもしれませんが、上に書いた「参り方」は教えればすぐに実践することができます。

とても簡単です。すぐできます。

しかしこの簡単なことも、大人になるにつれて声にだすのは恥ずかしい、やっても意味がない、など理屈が邪魔をしてなかなか実践できないのが現実なのではないでしょうか。

お仏壇の前でお寺さんがお勤めしてくれたらええわ。

ではなく、仏前に座るその本人が意識をもって参ることが大事であり、その繰り返しによって「気づき」がもたらされるのです。

理想的には「内容がわかって行動がともなう」のが一番だとは思うのですが、人間やり始めてから好きになるものってたくさんあるでしょう?

むしろ実際に行動に起こして、しばらく時間が経過してからでないと物事の本質というのはわからないことのほうが多いと思うのです。

合掌はおててのしわとしわをあわせて

おててのしわとしわをあわせて、しあわせ、な〜む〜♪

という有名なCMがありますね。

先日聞いたお話ではこのあとに、「ふしとふしをあわせてふしあわせ」という言葉が続くんだと聞かせていただきました。

節と節をあわせる、つまり拳と拳があわさる世界は不幸せだということですね。

マンガみたいな、拳でわかりあえる「貴様!やるなッ(ニヤッ)!!」みたいなのは相手に敬意があってこそ。

相手を叩きのめすために振るわれる暴力は決してあってはならないことです。

節をあわせ、いがみ合って争う世界ではなく、しわをあわせ、おがみあって尊敬しあう世界にしていきたいものです。

今は仏壇に参る気のひとつも起こらんという人も、この記事を読んでちょっと何か感じていただけたなら、まずは姿勢を正して手を合わせるだけでもいいのでやってみてくださいね。

あ、みんなが困るお焼香香作法とか、友引や仏滅とはどういう意味か?なんてのもまとめましたよ、あわせてどうぞ!

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このブログを書いている人

真宗興正派善照寺というお寺の住職をつとめながら、一方ではフットバッグというスポーツで4年連続日本一を継続中。

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