フットバッグでNHKおはよう日本に出演。

NHKの放送たくさんの方に見て頂けたようですね。
インタビューではお寺の仕事がフットバッグにどんな影響を与えているかという質問に「ものごとに執着しないものの見方が大切だ」と答えた部分が放送されました。
カットになってましたが実際にはもう少し話をしていたので補足説明をここで書きたいと思います。
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自分のやり方に固執しすぎるのは判断を間違えることがある。

ぼくはフットバッグというスポーツを13年ほどやっています。

指導者もいない状態で最初は先輩と、そして次第に仲間と一緒にあ〜だこ〜だいいながら研究して技術を高めてきました。

最初は新しい技ができたら「よっしゃ〜!!」と単純に喜んでいました。しかし技の難易度や種類が増えるにつれて行き詰まりを感じるようになりました。

行き詰まった時にとる方法は2つ。

    1. 今までやってきたことの延長で工夫を続ける。
    2. 今までやってきた方法論を一旦捨てて、新しいアプローチを考える。

人間やればやるほど、経験が増えれば増えるほど陥りやすい問題があります。それは「成功した方法に固執する」ということです。この成功体験を「一旦捨てて」改善するということはなかなかできないものです。

これはとてつもなく根深く、しぶとい問題です。

成功体験の功罪

成功体験というものはとても重要です。成功した事実が自信となったりやる気を引き出すことに異論はまったくありません。しかし、目先のちょっとした成功があるばっかりに本質的な問題を見失わせることがあるということも知っておくべきだということを話したのです。

レベルの低い技は適当な技術でも成功するんです。でもその方法でレベルの高い技にチャレンジした時にまぐれで成功しても安定的にできるようにはなかなかならないんですね。

この時にレベルの低い技はバシバシ決められるという成功体験が、本質的な改善やよりよい方法を採用するということを邪魔するのです。

そういう時に成功体験への執着から離れるものの見方ができれば、オレ流のやり方や自己の成功体験を一旦置いておいて客観的に分析してみようやないかという判断ができるようになると考えているのです。

全ての物事に適応する。

人間年をとるということはそれだけ「なんとかなった」成功体験が積み重ねられます。

となると今まで成功してきたので、そのやり方でいいじゃないか。となるわけです。

年配の方が保守的だという傾向は多分にあると思うのですが、やはりそれは「自分の思うやり方でなんとかなってきた」という経験の蓄積がそう判断させているのでしょう。

しかし今までのやり方に固執するあまり、刻一刻と変化する問題を解決するタイミングを逃したり、より適切な改善策を採用することができないということが起こりえます。

仏教の教えがフットバッグにいかされているというところ。

そういった点で成功体験や自分のやり方ということに執着しすぎると、上達の妨げになることもあるよ、ってことをいいたかったのですが、こんな長い話し放送できんと思うのでいいところでカットしてもらいました(笑

今日は皆さんにもフットバッグを「できるようになった気になる」動画をアップします。
オススメはipadで見て下さい。立った状態でipadで動画をみたらこんな感じでやってるんや〜という事がよくわかると思います。

手持ちで撮影したのでブレで酔いそうになる人はストップしてね。
実際に自分が感じてる時間感覚もこの動画で見えるスローの感じに近いものがあります。

ではどうぞ。

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このブログを書いている人

真宗興正派善照寺というお寺の住職をつとめながら、一方ではフットバッグというスポーツで4年連続日本一を継続中。

真面目なお寺の仕事からステージでのパフォーマンスまで、幅広い活動を通して学んだことをわかりやすくお届けしていきたいと思っています。

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