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【考察】努力って何だろう?努力は報われるのか、報われないのか?努力は研究と言い換えよう。

こんにちは、お坊さんブロガーのへんも(@henmority)です。

努力。

日常的に使われる言葉なのに、イマイチ的確に意味をとらえにくい言葉です。

本記事では努力の意味を少し捉え直して解説してみたいと思います。

努力って何だろう?

この学校に入りたいとか、何か上達したいとか、将来的にこうありたいという目標があり、そこまでの歩みを「努力」といいますよね。

目標を達成するためには「努力」が必要です。

こどもから大人まで、みんな「努力」ってものが大事だということはよく知っています。

鴨川会長
『努力した者が全て報われるとは限らん。 しかし、成功した者は皆すべからく努力しておる!!』出典:「はじめの一歩」鴨川会長

と鴨川会長も名言を残しておられますが、これはもともと音楽家ベートーベンの言葉だそう。

この「努力」って言葉・・・・くせものなんですよね。

個人的にはあんまり好きじゃない言葉・・・というか好きでも嫌いでもないんですけど、明確な言葉じゃないからあまり自分では多用したくないなぁという感じなんです。

なぜなら一般的に使われる「努力」という言葉は、全然別物の2つの意味がうまい具合に混ざり合っていて、努力という言葉が示す意味の範囲が広すぎると感じているからです。

そこで、大辞林で「努力」の意味を調べて見ました。

【努力】

心をこめて事にあたること。骨を折って事の実行につとめること。つとめはげむこと。

「目標に向かって努力する。」「努力のたまもの」

このように辞書でもあまり明確になってませんよね。

努力を2つにわけて考えることにしてみました。

ぼくが思ってる「努力」は2つの意味に分けられると思っています。

努力の2つの意味
  1. 苦しいことがあっても乗り越えようとするメンタリティ。根性論ともいう精神的ながんばりという意味。
  2. 問題解決のために物事を分析的にとらえ、課題に取り組む行動力という意味。

この2つが混在した言葉が「努力」だととらえています。

1の精神論だけでは問題は解決しない。

みんな努力は大事、努力せないかん!って言います。

しかし、この精神論的な言い方をする時は特に言葉の意味が明確じゃないと感じています。

というのも日本人にはなぜか苦しい思いをした方が美徳、みたいなものが蔓延していて、これが「努力せないかん!」という言葉の中に含まれているんですよね。

すんなり結果を出すことは「悪」。

苦しい思いや、つらい思いをして結果をだす方が「善」みたいな。

巨人の星が流行ったからですかね??

大リーグボール養成ギブスみたいな、バネで引っ張る力を生活の中でも筋肉に対して加え続けて、理屈もくそもないけどパワーアップする、みたいなのが好きなんですよね。

トレーニングとしてはたぶん意味がないけどそういうポーズが大事だ、みたいな感じです。

本当は適切なトレーニングをして、きちんと栄養と休養をとって、ということの方が良い成績には必要だと思いますが、「なんかがんばってる雰囲気」が大事にされます。

意味はないけど目標達成のために苦しい思いをしていることも、人によっては「努力」なんていわれるわけです。

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そこで、「努力」という言葉を「研究」に置き換えよう。

大事なのは努力を研究と言い換えることだと思うんですよ。

努力を研究と言い換えるととても意味が分かりやすくなります。

  • フットバッグがうまくなるために努力する。
  • 仕事で売り上げを伸ばすために努力する。
  • 試験に受かるために努力する。

など全部「研究」に置き換えてみましょう。

  • フットバッグがうまくなるために研究する。
  • 仕事で売り上げを伸ばすために研究する。
  • 試験に受かるために研究する。

どうでしょうか、一気に具体性と実現性が上がりそうな気がしませんか?

フットバッグがうまくなるためには適切な練習が必要です。そんな人はフットバッグのコツ解説集を見て研究しましょう。

仕事で売り上げを伸ばそうと思ったら、自分の商品に対する知識を深めて、市場の状態、また売り込み先の情報、交渉のテクニックなどを研究するのが1番の早道です。

グッドポイントなどで自分の強みを研究するのもいいですね。

だらだら残業して「俺はがんばってるんだ〜。」って姿勢を見せることではありませんよね。

試験に受かるという目標なら、設問の傾向や出現の頻度を調べ、自分が得点のとりやすい科目から取り組むことなども知識量とともに重要なテクニックです。

いずれの問題にしても「無意味な根性論」よりは適切な研究をして課題に対して供えることが目標達成への重要な道筋です。

誰かに伝えるときも「研究」に置き換えた方が誤解が少ない。

誰かを指導するときも「努力しなさい」というと受け取り手の理解度によって、がんばる方向を間違えることがたくさんあります。

「研究しなさい」だったら精神論よりも具体的な方法論としてアプローチするべきだということが指導として明確になります。

努力は報われるのか?報われないのか?

なんて議論も解決しますよね。

「報われなくてつらい」のは「自分の思い通りにならなかったことがつらい」のであって、結果がでたかどうかが問題ではないのです。

「努力」を「研究」ととらえると失敗はただのデータになります。

「研究」には失敗はつきものです。

「こうしたら失敗する」というデータがとれた、と考えたら報われるとか報われないとかいう問題ではなくなりますし、次へのステップとなります。

「努力について」まとめ

努力ということばが人によって噛み合わないのは、精神論と方法論のバランスや力点が違うからでしょう。

目的達成のためにはできるだけ方法論を重要視する方が成功の可能性があがると思います。

「努力」ってのは無意味にがんばることではなく、適切な「研究」をすることです。

まずは自分を研究することから。