1枚の紙に雲を見る、縁起という考え方。目に見えるものがすべてではないのだ。

 責任者のあり方に引き続き、クレーマーという問題から考えたこと。

現代は集団の意見に合わせるというよりも、個人の力や判断が重要視される時代となったように思います。

SNSなども発達し、独善的で自己中心的な意見であっても簡単に発信できるようになりました。

もちろん個人の意見ですからどんな意見があっても構いませんが、その中には人を傷つけるような発言や発信もたくさんあります。

意見を自由に言えるようになったぶん発信する前に他人を攻撃するようなことになっていないか、ちょっと立ち止まって考えてみましょう。

自分と関係がないと思っているから攻撃できる。

クレーマーが平気で人を攻撃できてしまうのは、相手が傷つこうが困ろうが「自分とは関係ない」と思っているからです。

例えば、責任者のあり方の記事で紹介した消防士や救急隊員へのクレームは、「自分が助けられることがある」ということをまったく考えていないわけです。

隊員さんが働きにくくなろうが、他の人が困ろうが、クレーマーは自分の言いたいことさえ言えたら関係ありません。

自分とは関係ないどこかの誰かが火事になって、どこかの誰かが助けにいく。

だけど目についた姿は気に入らない、文句言うてやろ。

だって俺には関係ないし。

こういうことですよね。

ですが、もし何か不慮の事故で自分が救助される立場になって「自分と関係がある」事態になれば、理不尽なクレームなんて言えないはずなんです。

「自分とは関係ない。」

そんな自己中心的なものの見方におちいって、視野の狭い判断しかできなくなると人は攻撃的になります。

人に対して不寛容になります。

優しさを失います。

いがみ合い、萎縮した社会になっていきます。

そんなギスギスした時代を生きる現代人こそ、仏教の基本・縁起という考え方に触れるべきなのです。

自分と関わりのないものは何1つない。縁起という考え方。

仏教ではすべての物事は関わり合っているということを教え、それを「縁起」といいます。

この「縁起」という考え方を、現代語でとてもわかりやすく表現した言葉を紹介しましょう。

「この一枚の紙のなかに雲が浮かんでいる」

ティク・ナット・ハン「仏の教えビーイング・ピースP68より」

▼「1枚の紙のなかに雲が浮かんでいる」ってどういうことかわかりますか?

1枚の紙の中に雲を見る。

雲がなければ雨が降りません。

雨が降らなければ、木が育ちません。

木が育たなければ、パルプもできません。

パルプができなければ、紙ができません。

そのように目の前に見える1枚の紙の背景には、無数の関わりがあるということを表した言葉です。

それだけではないんですよ。

木が育つためには太陽の光が必要ですし、パルプを作るには木を切る人が必要です。

木を切る人が働くためには食事が必要で、その食事ができるには・・・・というように、1枚の紙の中に雲や太陽の光を見るだけでなく、全てのものがその中にあることを知るのだと言われます。

たった1枚の紙ですが、その紙を紙自身ではないものが成り立たせているんです。

雲と紙は直接的には関係が無いように見えます。

でも「雲が無ければ紙ができない」という、その関係性を1枚の紙の中に見るだけの想像力を備えて物事を見ると、ものの見方が変わります。

自分の一言がどういう影響を及ぼすのか?

自分の振るまいが誰かを苦しめないだろうか?

「私と他人」「私と世界」はつながって支え合っている関係なのだということを現代人は学ぶべきでしょう。

かげの力に名前をつけた

この縁起の考え方を日本人は巧みな日本語の表現で表してきました。

それが「おかげさま」という言葉です。

直接は目に見えないけれども、自分とを成り立たせてくれている「陰(かげ)の力」。

その直接は目に見えない「かげ」の力に対して、丁寧に「お」をつけて「おかげ」といいました。

そして、「おかげ」だけではなく、もっと丁寧に「様」もつけて「おかげさま」というようになりました。

全てのものは関わって成り立っているという仏教的なもののとらえ方が、そういう言葉に表現されてきたんです。

大局観と想像力

見えない部分に思いをめぐらせる、この「おかげさま」という感覚は現代人には薄れてきてはいないでしょうか?

自分の好きなことをやって生きるということは素晴らしいことです。

ですが、

好きだ、嫌いだ。

気に入る、気に入らない。

正しい、間違っている。

即断即決を意識するあまり、その判断が自分の目に見えるだけのとても狭い世界での判断になっていないか?を今一度チェックしてみましょう。

自分ひとりの力ではない、想像もつかない大きな関係性の中に自分がいるということが頭にあれば、判断がまた違ったものになってくるはずです。

無数の関係性の中で自分は生かされている。

自分の判断が浅はかかもしれない。

そういう大局観とひろい想像力の中で、自分も他人も尊重し生き生きと生きられる道を選ぶということが重要なのです。

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このブログを書いている人

真宗興正派善照寺というお寺の住職をつとめながら、一方ではフットバッグというスポーツで4年連続日本一を継続中。

真面目なお寺の仕事からステージでのパフォーマンスまで、幅広い活動を通して学んだことをわかりやすくお届けしていきたいと思っています。

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