[LINEでわかる歎異抄]第2条 親鸞聖人は地獄行き決定?!

「念仏だけで往生する」なんて言われても、普通はなかなか確信が持てないわけですね。

ある時は信じられるけど、ある時はそんな気にならない。

頭ではわかっていても、周りの人に何か言われたらすぐに迷ってしまう弱さを人間は持っています。

人間はそういう「心のふらつき」が起こるんですね。

親鸞聖人が京都に戻られた後、関東では様々な教えや解釈が飛び交い、関東の門弟たちはもう一度親鸞聖人から本当のところを聞きたいわけです。

歎異抄第2条には念仏の道が正しいことを親鸞聖人に保証してもらいたい!

その一心で関東から京都まで命がけの旅をしてきた弟子達と親鸞のやり取りの様子が描かれています。

LINEでわかる歎異抄第2条

関東の門弟
はぁ、はぁ・・・・。

よ、ようやく京都に着いた・・・。

親鸞
うわぁ!びっくりしたっ!!
関東の門弟
ど、どうも・・・。ご無沙汰しております!
親鸞
君ら関東からほんまに来たんかいな!
関東の門弟
はい・・・・っ!

親鸞聖人に、ど〜っっっっっっしても聞きたいことがありましてっ!

親鸞
ここまで来るのめっちゃ大変やったやろうに・・・
関東の門弟
1ヶ月以上もかかって、もうマジで死ぬかと思いましたよ。
親鸞
それはそれは大変やったね(-_-;)
親鸞
で、聞きたいことって何なの?
関東の門弟
では。
親鸞
うむ。
関東の門弟
念仏だけで浄土に往生できると聞いてきたんですけど、本当にそれだけでいいんでしょうか?!
親鸞
・・・知らん。
関東の門弟
・・・。
親鸞
・・・・・。
関東の門弟
・・・・・・。
関東の門弟
ええ〜〜〜〜〜っっ!
関東の門弟
むっちゃ苦労して京都まで来たのにぃ〜〜〜っ!
親鸞
いやいや、だってほんまにわからんもん。
関東の門弟
ほんとに?!

ほんとに念仏する以外、他に何か秘密とか教えとかないんですか?!

親鸞
ないよそんなもん。
親鸞
念仏以外にも「他のめっちゃいい経典」だとか「往生する道」を聞こうと思ってここまで来たんやったら、それは聞く相手を間違ってるで。

そういうつもりなら、奈良とか比叡山とかに詳しい人たくさんいるからそっちに聞きに行ったほうがええよ。

関東の門弟
そ、そんなぁ・・・。

ほんとに、ほんとにないんですね!?!

親鸞
ないってば!

自分にはお師匠さまに法然上人って方がおられたんやけど・・・

法然
ただ念仏して阿弥陀仏に救われ往生させていただくのである。
親鸞
っておっしゃってたのよね。

それを、言われたとおりそのまんま信じておる以外、他にはな〜んにもない。

関東の門弟
そ、それだけっ!?
親鸞
それに、念仏したら浄土にいけるかどうかも正直わからんしな。

もしかしたら念仏して地獄におちるかもしれへんよ

関東の門弟
ええ〜衝撃の事実ッ!

じゃあ何で念仏で助かるかどうかも全然わからへんのに、なんでそんなに信じられるんですか?!

親鸞
それは自分にとって他に方法がないということがわかってるからよ。
関東の門弟
他に方法がない?
親鸞
そう。

もうね、俺昔っからめっちゃ修行してきたわけよ。

比叡山でも過ごしたし、そりゃあもうアホみたいに修行と勉強してたわけ。

親鸞
やけど、どんな修行をしたり勉強してもこれだ!!って思えるようなことはなかったし、悟りを得るなんてこともなかったわけよね。
関東の門弟
親鸞聖人ぐらいやってもですか…っ!
親鸞
そう。

そんなちゃんとできてないハンパもんの俺の行き先なんて、地獄行きなん間違いなしやわ。

親鸞
もう細〇数子に言われんでもわかるレベル。

「あんた地獄におちるわよ〜〜!」

親鸞
って、そんなん言われんでも知ってるし!

みたいな。

親鸞
ということで、自分で他の修行をすることによって往生できる道があったとしたら
親鸞
うわ〜!念仏して地獄行きやった〜!騙された〜っ!!
親鸞
って後悔もするかもしれんけど、もともと地獄行きなの間違いないからね

自分の修行で往生するのは無理!!

ってはっきりわかってるから、法然上人がおっしゃった「念仏して浄土にまいる」以外の選択肢はもう考えられないわけ。

親鸞
なので、法然上人にダマされて地獄に落ちたとしてもそれはもうしょうがないのよ。
関東の門弟
な・・・なるほど・・。

肝のすわり方が違う。。。

親鸞
それでな、阿弥陀仏の願いというのはすべての人を助けるという教えやろ?
関東の門弟
そう聞いています。
阿弥陀仏
助けるで。
お釈迦さま
↑阿弥陀さん助ける言うてるで。これほんと。
善導
↑お釈迦さんの言うたこと、これほんとアル。

※善導は中国の僧侶で西暦600年代の人

法然
↑善導さんよくまとめてくれるで。これマジなやつ。

※法然は日本の僧侶で西暦1100年代後半ごろの人

親鸞
阿弥陀仏の教えがほんまもんなら、それをお話したお釈迦さまの言うこともほんと
→それを解釈した善導さんの言うてることもほんと
→さらにそれを学んだ法然師匠のいうこともほんとのことのはず。
親鸞
だからその法然師匠がおっしゃったことをそのまま信じているこの親鸞の言うことも、多分あってるだろうと言えるわけやね。
親鸞
ということで、つきつめて言えばこの親鸞にとっての信心っていうのはこれだけやね。

どう考えても自分にとってはこの念仏の道しかないということ。

ただ念仏の道を歩まれた先人の教えを聞くという以外ないというこっちゃね。

親鸞
あとは君たちそれぞれが「やっぱ念仏が大事やな、その通りやな」と思ったらそうしたらいいし、そうじゃないと思ったらやめたらええんやで。
関東の門弟
ぐぬぬ〜!厳しいお言葉!

…しかし、よくわかりましたっ!!

命がけできたかいがあった・・・!

親鸞
じゃあせっかく京都まで来たんやし、京都タワーでも登っていく?
唯円
まだそんなものない時代ですよっ!!
親鸞
そうだっけw
親鸞
南無阿弥陀仏
関東の門弟
南無阿弥陀仏

歎異抄第2条まとめ

関東から京都まで極楽往生の道を聞きに行こうとするレベルのお弟子さんたちなら、真宗の教えの要である念仏するということ以外ないという事は重々わかっていたはずです。

しかしながら、頭でわかっていても不安がぬぐい去れない。

親鸞聖人にその道が正しいということを保証してもらいたいという気持ちが起こるぐらい、信心という問題は難しいのです。

そしてこの条を読むにあたって、もうひとつ注意すべき事があります。

それはこの条は盲信を勧めているのではないということです。

この条にでてくる親鸞聖人の姿勢は、読み方によっては無自覚に盲信しているように読んでしまう方もいるかもしれません

謎のモヒカン
法然の言うことをそのまま聞くというんだったら、法然が死ねと言ったら死ぬのか?!

犯罪しろと言ったらするのか?!

みたいなことを考える方もいるかもしれませんが、この条ではそういう事を言っているのではありませんよ。

謎のモヒカン
どうやっても地獄行きだから何やってもいいわ〜ヒャッハー!

ではなくて、どうやっても煩悩や欲望を捨て去ることができない自分を恥じ、悪をおかしてしか生きられないという自分自身への非常に深い内省があることを見落としてはいけません。

宗教というと教祖の教えを弟子に強制したり、洗脳したりというイメージがあるかもしれませんが、この条からはそのような香りはしませんよね。

弟子に向かってどのような心のあり方かを告げることによって、念仏の教えへの誠実なうなずきを呼び起こしています。

念仏の教えは師が弟子に押しつけ・強制するものではなく、あくまで主体的な選びとりの問題であることが表れています。

歎異抄第2条原文

おのおのの十余箇国(じゅうよかこく)のさかひをこえて、身命(しんみょう)をかへりみずして、たづねきたらしめたまふ御こころざし、ひとへに往生極楽のみちを問ひきかんがためなり。

しかるに念仏よりほかに往生のみちをも存知(ぞんぢ)し、また法文等(ほうもんとう)をもししりたるらんと、こころにくくおぼしめしておはしましてはんべらんは、おほきなるあやまりなり。

もししからば、南都北嶺(なんとほくれい)にもゆゆしき学生(がくしょう)たちおはく座(おわ)せられて候ふなれば、かのひとにもあひたてまつりて、往生の要よくよくきかるべきなり。

親鸞におきては、ただ念仏して、弥陀にたすけられまゐらすべしと、よきひと(法然)の仰せをかぶりて、信ずるほかに別の子細(しさい)なきなり。

念仏は、まことに浄土に生るるたねにてやはんべらん、また地獄におつべき業にてやはんべるらん、総じてもつて存知せざるなり。

たとひ法然上人にすかされまゐらせて、念仏して地獄におちたりとも、さらに後悔すべからず候ふ。

そのゆゑは、自余の行はげみて仏に成るべかりける身が、念仏を申して地獄にもおちて候はばこそ、すかされたてまつりてといふ後悔も候はめ。

いづれの行もおよびがたき身なれば、とても地獄は一定(いちじょう)すみかぞかし。

弥陀の本願まことにおはしまさば、釈尊の説教虚言なるべからず。仏説まことにおはしまさば、善導の御釈虚言(おんしゃくきょごん)したまふべからず。

善導の御釈まことならば、法然の仰せそらごとならんや。

法然の仰せまことならば、親鸞が申すむね、またもつてむなしかるべからず候ふか。

詮(せん)ずるところ、愚身(ぐしん)の信心におきてはかくのごとし。

このうへは、念仏をとりて信じたてまつらんとも、またすてんとも、面々の御はからひなりと云々。

真宗聖典P832

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このブログを書いている人

真宗興正派善照寺というお寺の住職をつとめながら、一方ではフットバッグというスポーツで4年連続日本一を継続中。

真面目なお寺の仕事からステージでのパフォーマンスまで、幅広い活動を通して学んだことをわかりやすくお届けしていきたいと思っています。

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