目的と手段をはっきりさせよう。テーマ「枠にとらわれない生き方」で講演したよ!

どうも、パフォーマーでブロガーのお坊さんへんもです。

先日久しぶりに講師としてお話をする機会をいただきました。

今回伺ったのは香川県漁協女性部連合会創立60周年記念大会(ざっくり言うと、漁師さんの奥さん方の組合の60周年記念大会)での特別講演の講師。

OHKのテレビ番組「金バク」に出演した放送を見て「この人なんかおもしろそう」と思って依頼をしてくださったとのこと。

ぼくの講演の前には、海上保安庁の方による「ライフジャケットの必要性と海上事故について」とか、「ライフジャケットの保守点検の方法」など海に関連するお話が。

もしかして・・・めっちゃ場違いなんじゃない??

なんて不安になりましたが、なんとかお話してきたので講演の時に使ったスライドを入れ込んでまとめてみました!

講演テーマ「枠にとらわれない生き方」

会場におられる方はほぼ100%はじめましての方ばかり。

ですから、まずは自己紹介からスタートしました。

お坊さんとしての活動はもちろんのこと、お寺のイベント運営のことや、フットバッグのパフォーマーとしての活動、お香のプロデュースのことなど多岐にわたる活動のことを紹介。

だいたいどんなことをやってる人なのかをお伝えしてから本題へ。

講演で伝えたかったこと

今回の講演で話したかったことはひとつ。

「目的と手段をはっきりさせることの大切さ」

何が目的で、何が手段か?

これをはっきりさせるとだいたいのことは解決策が見つかります。

枠にとらわれる人は多くの場合、手段に固執している事が多いんですよね。

何が目的か?もしくは何が目標か?を明確にし、そのためにどんな手段をとるのか?と考えると自由な選択ができるのです。

山登りで考えてみる

例えば山の山頂に行くことが目的だとしましょう。

「山の頂上にたどりつく」という目的が達成できれば手段はなんでもいいんです。

頂上まで行く方法
  • 徒歩であがる
  • ロープウェイであがる
  • ヘリコプターであがる
  • 1人で行く
  • グループで行く など

「頂上に行く」という目的だけはっきりしていれば、到達する方法は数多くの手段の中から選ぶことができます。

自分の現在地と使える道具、周囲の状況を見て一番可能性が高いもの適切な手段を選べばよいのです。

手段にとらわれると選択肢が狭まる

ところが、「この道で」「歩いて」「頂上まで行く!」のように目的と手段を混ぜた目標設定をしてしまうととたんに枠にとらわれるんですね。

「この道で」と決めた道に落石があったり、通るつもりだった橋が落ちて通れなかったらどうしますか?

トラブルがあってもそのルートにこだわることが目的になってしまうと柔軟な対応ができません。

決まったルートに固執すると迂回するなどの他のアイデアもでないし、最初の目的であった山頂にたどり着くということも達成できないままになってしまいます。

この選択を不自由にする枠組みは誰が作っているのでしょうか?

そう、自分自身ですよね。

手段に固執する理由

手段に固執する理由はいろいろあります。

  • 長年やってきた。
  • 一度成功したことがある。
  • みんながやっている

など

成功体験は非常にやっかいです。

成功した当時とは周辺の状況が変わっているのに、いつまでもそのやり方にとらわれてしまうということがありますよね。

もちろん長年やってきた方法も検証してみて、通用する見込みがあるなら採用すればいいんです。

到達するところを明確にし、こだわりを捨ててより適切な方法をとる。

融通をきかせながら最適な手段を軽やかに選択していくと枠にとらわれない生き方になるのです。

ぼくもいろいろやってるけど目的は1つ

人から見れば「へんもはいろんなことをやり過ぎ」という方もおられるかもしれません。

しかし、ぼくの中ではすべて一貫したひとつの行動のように感じています。

2つにわけて書いてありますが、相互的に補完している1つの目的です。

ぼくの話すことに共感してくれたらお寺にも人が集まるようになるし、お寺に人が集まればまた伝える力も強くなります。

経済的な面でお寺の経営を安定させるのも、教えを守っていくためには必要なことです。

間違った目的設定。お金と健康を目的にすると人生は最終的に不幸になる

目的や目標の設定において大事なことがひとつあります。

それは「お金」と「健康」を目的にしないこと

「お金」と「健康」が目的の人生は100%不幸になって終わります。

たくさん貯め込んだお金も、死ぬ直前にどうやって使いますか?

お金はなにかしらの価値と交換してはじめて役に立つものです。

これから死ぬという時に自分のためにお金を使うことはできないし、「預金通帳や現金をちゃんと棺桶に入れてね!」なんてお願いしても周りの人は絶対いれてくれませんよね。

健康も同じです。

年をとるにつれて体も弱くなって、病気にもなるし、ケガもします。

健康を人生の目的に設定すると、絶対に「こんなはずではなかった」と思って人生を終えることになるのです。

プラスとマイナスの考え方から離れよう

なぜ「こんなはずではなかった」となるのでしょうか?

それは人間は無意識にすべてプラスかマイナスかで考え、そしてプラスが本当のことで理想的と設定してしまうクセを持っているからです。

お金がある方がプラスで正しいこと。

健康で若い方がプラスで正しいこと。

だれに教わるでもなく、プラスが本当のことでマイナスがダメというプラスとマイナスの考え方に支配されています。

このような「お金があるほうが正しい」「健康であることが正しい」という価値基準にとらわれると年をとると言うことはマイナスしかないんですよね。

年を取って仕事ができなくなったら収入が減ってマイナスですね。

健康面もどんどん落ちていきますからマイナスですね。

▼そうなると、こんなことを言い出すんです。

これは価値基準が「お金」と「健康」になって、年を取ったらマイナスにしかならないものを人生の支えとしてしまっているからです。

お金も健康も充実した人生を送るための手段のひとつであって目的にするべきものではないのです。

年を取るということは成熟すること

プラスとマイナスという考え方から離れ、新たな価値基準に触れられると、「年をとる」ということの意味が変わってきます

年をとるというのは経験が増えることですよね?

生きているといろんな出来事に出会います。

楽しいこともあれば、頭にくることもたくさんあるし、死にたくなるような悲しいことも起こるし、人生ではさまざまな事を経験します。

その時、プラスとマイナスの考え方しかできない人は、悲しい出来事はすべてマイナスで終わってしまいます。

しかしプラスとマイナスの価値観から離れられる人はそのすべての出来事から「気づき」を得ることができるのです。

「悲しいことが起こったけれども、このことが人生において大事な事を気づかせてくれた」と言える人生になるんです。

こうなれば、年をとるということはマイナスではありませんね。

年をとり、いろいろな経験をすることが人間としての成熟につながるのです。

例えば一冊の本を読むとしましょう。

こどもの時にはこどもの立場になって読みますよね

親になったら、こどもの立場と親の立場の2つの立場で読むことができます。

そしてさらに人生経験を積むと、より幅広くいろいろな立場に置き換えて深い読み方ができるわけです。

年をとるということをマイナスととらえるのか?

それとも成熟ととらえるのかで、人生の受け取り方がまったく違った意味をもつのです。

枠にとらわれない生き方まとめ

私の人生の目的は何か?

そのために使うべき手段は何か?

これを整理することによって、人生の選択肢は大きく広がるはずです。

もちろん目的は人それぞれ違っていていいんですよ。

ただ、その人生の歩みの中に、

私の人生は何を学ぶためにあるのか?

どんな価値基準で生きるのか?

これを常に問うていくところに人生の醍醐味があることでしょう。

この記事を通して、今一度ご自身の生き方を振り返る機会となれば幸いでございます。

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このブログを書いている人

真宗興正派善照寺というお寺の住職をつとめながら、一方ではフットバッグというスポーツで4年連続日本一を達成。

真面目なお寺の仕事からステージでのパフォーマンスまで、幅広い活動を通して学んだことをわかりやすくお届けしていきたいと思っています。

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